永代供養,納得のいく墓作りについて考えます

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永代供養を考えないと

8寸個人墓みどりケ丘
 この度,未婚の叔母が亡くなり永代供養を考えざるえなくなりました。
 元々この叔母は祖父母の死後、その家に残って、先祖を守り、お寺の対応を一手に引き受けて、つい数年前、長男の伯父が仏壇を引き取るまで管理していました。
 盆にお寺を迎えてお布施をするのはもちろんのこと、特別な寄付の依頼などにもきちんと対応していたのです。

 お墓は、祖父が亡くなったときに、祖母がお金を出したようですが、世間の普通の考えのように、建立主は長男の伯父になっていて、そこに祖父母が収まっています。
 今回の叔母の死に当たって、我々親戚一同は、叔母は未婚のままでしたから、当然この先祖の墓に入るものだとばかり思っていました。
 ところが、伯父が生きていれば、おそらくそれで問題はなかったのでしょうが、その伯父も亡くなって、その息子のいとこの代になっています。これが、墓に入れるとか、仏壇に叔母の位牌を入れるとかいうのを拒否してきました。
 このいとこも、花見をするなど、小さい頃は伯父と一緒に、毎週のように祖父母の家に遊びに来ていたようで、我々いとこの間では、いちばん伯母に面倒を見てもらっています。
 それに、仏壇がこの家に行ってからは、伯母もお世話になっているという意識があったからか、夏にはお供えも送っていたようです。
 もういい年になって、今は法事などくらいでの一通りのつきあいしかしていないとはいえ、今回のこの拒否は、どう考えていいやら、私らには見当もつきません。

跡継ぎの家の大変さはあるのかも知れないけれど

 祖父母の葬儀など、長男の家故の大変さなど、我々次男以下の家の者としては想像が付かない部分があるのかも知れません。それで、普段の法事ぐらいしかつきあいのない叔母の入骨を拒絶しているのかも知れません。養子に行った叔父や、嫁に行った次女の叔母などの兄弟がいるから、「なんで甥が面倒をみなければならないのか」といった思いも絡んでいるかも知れません。
 さらには、法事をすれば、お布施がいるので、そのようなお金のことが気になっているかも知れません。

 しかし、お金については、幸い伯母が葬祭費用に十分なぐらいのお金は残してくれていましたから、それについては心配は要らない、法事などの手配については、次男の息子である私がすべて手はずを整えて、本家は、遺骨を墓に入れることと、仏壇の祖父母の隣に叔母の位牌だけ置いて、お祭りは、叔母用の特別なことは一切抜きにして、祖父母のためにするそばにただ居させてくれるだけでよいと話しても、全く話を受け付けません。
 「何でおばさんなんか、うちの墓に入れなければならないの」という意識があるようです。

本家でないと菩提寺に困る

法界院永代供養塔
 お墓というのは、「長男の家がだめなら次男の家に」というように、そんなに簡単にはいきません。
 「長男と違って、墓を受け継げないから、自分の家の墓を自分たちは用意せざるを得なかった」というような心情的な問題だけではありません。
 実の兄弟とはいえ、養子や嫁に行ってしまえば、姓は違うし、婚家への遠慮もあるでしょう。
 姓が同じ兄弟なら、まだ抵抗は少ないかも知れませんが、それが甥の代ともなると、本人はよくても、嫁などは本当に関係が薄くなりますから、そちらからの抵抗もあります。

 さらに、実質的な大問題は、お寺の問題です。菩提寺が同じなら、自分のうちにあるお祭りに添える形で、伯母のお祭りもできないことはありません。
 でも、それぞれが実家から出ている状況では、次男以下はすべて菩提寺が違います。
 本家がお願いしているお寺は、岡山の法界院という有名なお寺です。ここは、大きいが故に、そんなに小回りはききません。
 「三男の家が檀家にしてほしい」とお願いしたときにも、倉敷で遠かったからか、それとも他に手いっぱいだという理由でもあったのか、檀家にはしてもらえなかったようですし、今回の叔母の葬儀に際しても、祖父没後の伯母が同じ家で祖父の名前のまま法界院におせわになっていた関係で、伯母の名を言っても、お寺にはなかなか通じずに、「本家が檀家でも、分家は檀家ではないですからね」と念をおされたりしました。
 祖父の名前を言うことで、すぐに事情は分かっていただけましたが、それほど、檀家になる、寺をかえるということは簡単ではないのです。
 それに、お願いするお寺が、「一つ家に二つ」というようなことになると、とんでもないことになります。

もしもっと早く分かっていれば対応の仕様もあったかも

 もし、今回のようなことがもっと早く分かっていれば、対応の仕様ももっとうまくできたかも知れません。
 後から、永代供養に受け入れてもらえないかどうか聞いて回ったお寺の中には、「本人が存命中に檀家になったのなら、考えないこともないが、戒名を既に授かっているということは、そのお寺さんの弟子になったということだから」とおっしゃっていたところもありました。
 本人が存命中に、自分の行き所を考えて、対処していたなら、本人にとってより納得のいく選択ができたのかも知れません。
 しかし、今度の場合、祖母が亡くなる直前にこのようなことが発覚したのですから、そして、伯母は先祖の祭りを法界院にお願いして、自身がきちんとしていたわけですから、そこで、最後の行き先云々を考えて、「では、法界院以外に葬式を頼みましょう」などといった発想をすることなど、「叔母の死を迎えてばたばたしている私たちが考えるはずがありません。
 とりあえずこれまでお世話になっている法界院に伯母の葬儀をお願しようということだけで、頭の中はいっぱいでした。

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