大山・香取・船上山・奥津
大山から香取開拓村を経て船上山へ R4年11月27日
今回のドライブは、大山のスキー場前から、香取開拓村を経て船上山へ向かうルートです。そこから大山環状道路を通って鏡ヶ成に抜けようと思っていた所、途中通行止めだったため、やむなく人形峠を通って、奥津峡の方へ回りました。
香取の開拓村周辺
大山のスキー場をさらに北上して香取開拓村の方に向かいます。この道は、スキー場がオープンしている間は閉鎖になります。
夏の大山方面のドライブでは結構私の好きなあたりです。
開拓村の南側はずっと広がる農場になっていました。
甫登(ほと)神社
もうちょっと大山環状道路を東に行くと、ほととぎす橋のたもとの所に甫登(ほと)神社がありました。右が神社の御神体です。
言われてみれば、なるほど。思わずニンマリしてしまいます。
参道から眺めたほととぎす橋です。参道といっても、距離はほとんどありません。
木の根神社に行こう
このようなものを見せられると、男の方の木の根神社にも行かないわけにはいきません。そこで急遽北上して逢坂八幡公園にある木の根神社に向かいます。
下は北上中に見た北の風景と、紅葉した銀杏です。
風車は近寄ってみるとずいぶんとでかいです。
逢坂八幡公園
逢坂八幡神社を守っている狛犬です。この犬は何百年と人間の営みを見守ってきたのでしょう。
逢坂八幡神社を左手にずっと登っていった所に木の根神社がありました。内に男根に似ている松の根の御神体が祀ってありますが、あまり良くは見えません。
小泉八雲もここに詣でて、そのことを『日本海に沿うて』に書き残しているそうです。
右は木の根神社の直ぐ側のすすきです。
木の根神社と逢坂八幡神社の間に、ここにも甫登(ほと)神社がありました。こちらの御神体は何を祀っているのやら見てもさっぱり分かりませんでしたが、神社の前に据えてある石がなんとも面白い。
これ何かに見えません?
船上山
船上山の一望です。
1333年2月、後醍醐天皇が隠岐脱出後、伯耆の豪族・名和長年に迎えられ、鎌倉幕府討幕のため挙兵した舞台として知られるところです。山内には、天皇が以後5月に船上山を出発し、京都に帰還するまでの80余日を行宮として過ごしたとされるところもあります。
見ての通り、船上山の頂上は広く平坦ですが、東西及び北方は柱状節理(両輝石安山岩)による高さ100m以上の屏風岩となっていて、天然の要塞です。
使用カメラは、SONY α7Ⅱ に、昔のマニュアルレンズをオートフォーカスとして使うことができるTechart の LM-EA9 + C/Y マウントアダプター経由の Carl Zeiss Planar 1.4/50 です。











